青森 木村歯科医院 | 院長・スタッフ紹介

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院長・スタッフ紹介

木村英俊

座右の銘 汗する心を忘れず 萬里一條鐵


略歴

昭和49年
青森県立八戸高校卒業
昭和50年
岩手医科大学歯学部入学
昭和56年
岩手医科大学歯学部卒業
昭和56年
岩手医科大学歯学部歯科補綴学 第2講座入局
昭和61年
同医局長
昭和62年
同退職
昭和62年
町立百石病院 歯科医長
昭和63年
木村歯科医院開院 現在に至る

所属学会

  • 日本補綴歯科学会 専門医、指導医
  • 日本老年歯科医学会 会員

  • 患者の皆様に幸せ(笑顔)をお届けする医療を心がける
  • 口腔内にとどまらず、常に全身の健康を考慮した診療を行う
  • 常に、現在行われている最良の診療を患者の皆様にお届けする
  • 複数の歯科医師が診断、治療計画の立案をすることにより、より正確な診断、治療を目指す
  • 木村歯科医院で働くすべての人が、心をひとつにし、優しい気持ちと思いやりの精神を忘れず、地域の人々の健康保持に努める

スタッフ紹介

副院長
木村 綠(きむら みどり)

略歴

昭和52年3月
岩手県立盛岡第三高校卒業
4月
岩手医科大学歯学部入学
58年3月
同  卒業
4月
岩手医科大学歯学部歯科補綴学第二講座入局
61年3月
同  退職
62年5月~63年9月
百石町立百石病院歯科
63年10月
木村歯科医院

所属学会

  • 日本補綴歯科学会
  • 日本咀嚼学会
  • 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会

勤務医
小笠原 礼久(おがさわら のりひさ)

院長インタビュー

1.何故、歯科医師になられた(目指した)のですか?

お恥ずかしい話なんですが。。。
虫歯だらけのこどもだったんです。(笑)
小学5年の夏休み、
左下奥歯の辺りが急に腫れてしまって近くの外科に行ったんです。
高熱を発して、薬をもらって飲んだんですが良くならずで。

どうにもならずに、八戸の歯医者に行き診てもらいました。
原因は、膿が溜まって腫れと痛みが出ているとのことでした。
診療室に入り排膿させたら・・・

腫れも痛みも一瞬にして収まったんです!

すごい! 何日も治らなかったものが1日で治った!
医者より、歯医者が偉いんだ~!!
子供ながらに、感動・感激したんですね!

『俺は歯医者になるぞ!』と決めた瞬間でした。

前の年に従兄弟が若くして死去(心臓弁膜症)しまして、
その時に、医者になる!と思っていたんですけどね。

医者も歯医者も同じ医療の道。
私は、その時感動を覚えてから、歯医者に向かってまっしぐらでした。

2.この度、医療法人化された理由をお聞かせ下さい。

周りからは、なんで今更医療法人化?
と言われましたね。
確かに若くして医療法人化するタイミングもあったのですが。

この地に開業して四半世紀が経過しました。
今までしてきた歯科治療をさらにレベルアップさせたい!
そう思ってのタイミングが今だったんですね。

法人化して、安定したした設備投資をしたい。
スタッフの意識レベルも更に上がり、それによって医院のレベルアップを図りたい。そうすることで、地域の皆さんに更に還元できるものがあるだろうと。 そう思い、この度法人化したわけなんです。

3.座右の銘に関して、お聞かせください。

”汗する心”を忘れずに
萬里一條鐡

これが私の座右の銘です。

何をするにしても、一本『芯』が通ってないといけない。
それを、常に頭に入れて行動をしています。
これからも、そういう生き方をしていきたいですね。

実は、ずっと昔からではなくて5年ぐらい前に
この言葉を座右の銘としているんですね

遡れば、もう数十年前の出会いが重要な出来事だったんです。

高校の修学旅行で京都に行ったんですが、
そこで著名な住職さんのお話を聞く機会がありまして。
高校生ながら、凄く感銘を受けたんです。
それから、その住職さんが書いた著書を読み漁りましたよ(笑)

7,8年前に、ふとその時の事を思い出しまして、
娘を連れて京都に行ってみたんです。

そしたらなんと、その住職さんに会えたんです!!
40数年前に、感銘を受けた事などお話しまして、
住職さんも喜んで、話をしてくれました。

そこで、新しい本を出したんだよ!と。
『一日一禅』という本なんですが、すぐに購入し読んだんです。

その本の中にこの言葉が書いてありました。
『萬里一條鐡』

これだ!

汗する心を忘れずに は以前から座右の銘として持ってたんですが、 この言葉を付け足して、完成形にしよう!

それ以来、私はこの言葉を常に胸に持っていますね。

4.開院から四半世紀経過してますが、日々の心がけをお聞かせください。

一言で言えば、なんにでも一生懸命 ってことですね!!
一生懸命やることが継続を生み、未来へ繋がると信じてやってきましたね。

診療スタイルとしては、一貫してこう思ってます。
『患者さんの話を聞くこと!』
昔はよく、患者さんの話を聞いて一緒に泣いたことがありましたね(笑)スタッフからは、よく次の患者さんが待ってますので・・・
と、言われましたけどね。。

5.診療の軸として、「訪問歯科」をやられてますが始めたきっかけをお聞かせください。

私は補綴科出身なんですが、
補綴の延長線上に訪問歯科があったって感じです。

今でこそ、保険治療にに訪問診療が組み込まれており、
皆さんからのお問い合わせを頂く事も当たり前になってますが、
私が始めた頃は、訪問診療の保険点数がない時代でした。

大学を卒業して5年目に、寝たきりのご老人が居まして、
その時に、入れ歯を作ってあげたんです。
もの凄く喜んで頂いたことを、今でも忘れません。
それが初めての訪問診療でした。

それから、口コミや保健師さん・ケアマネさんからの依頼により
訪問診療を日常的に行うようになったんです。
私たちの仕事は、患者さんが生涯楽しく美味しい食生活を送れるように、お口の中の健康をサポートすること。

患者さんが来れなくなったら、
こちらから行く!

これに尽きますよね!
これからも地域の皆さんをしっかりサポートしてまいります。

6.患者さんからの言葉で最も心に残っている言葉はなんですか?

17.18年前の話なんですが、、
訪問診療で、出会った患者さんが肺ガンだったんです。
げっそりやせてしまってる状態で、入れ歯がガタガタで合わない。。。
応急処置しながらなんとか試適までいき、次回やっと完成!

ところが、ここのタイミングで入院してしまったんです。
話をお聞きすると、いつ退院出来るかわからないとの事。

それから2ヶ月が経過し、ようやく退院したとの連絡が。
また応急対応し、なんとか噛める状態にしました。
帰り際に患者さんに呼ばれて、

『先生!先生!ありがとう!!
先生に会えて、俺噛めて食べれてよかった!』
と、固い握手を交わして別れました。

大至急、新しい入れ歯を製作しなおして、患者さんに電話をかけました。
すると、ご家族の方が出られて一言。
『今日、亡くなりました。』と。

今までで、一番悔やみながらも忘れられない出来事でした。

それ以来、すぐ実行!をモットーとして仕事に取り組んでいます。

7.今後の展望をお聞かせください。

歯科医師として)
超高齢者社会に対して、向こう40年間しっかり対応したいと思います。

団塊の世代が超高齢を迎える2025年からの高齢者向け歯科医療を構築するために歯科医師会単位で確立しようと、勉強会の開催も毎月行っています。

補綴の勉強をしてきた事を誇りに思い、来たるべき時代に備え、突き進みたいと思ってます。

木村歯科医院として)
信念に基づき、チームが理解し同じ方向を向いて歯科医療に取り組んでいきたい!と思います。継続することが大事ですのでね。

また、いずれ(数年後)帰ってくる息子にしっかりした形で引き継ぎたい!とも考えています。

8.最後に、地域の皆さんへ一言お願いします。

青森県が短命県であることを危惧しています。
生活習慣病など、いろいろ原因はあるんだと思いますが。
短命県返上と頑張っているがなかなか結果が出ないのが現状ですよね。

一番に、地域の意識レベルの改善が重要なのではと思っています。

幸いなことにおいらせ町は、保健師さんがとても優秀で一生懸命頑張っておられます。

歯科の重要性(歯周病・妊婦さん)をしっかりわかってますし、その上で、町(保健士さん)の取り組みとして下記等を行っています。

  • 妊婦さんの歯周病検診を実施!
  • こどもさんの9ヶ月検診時に咀嚼相談を実施!
     ※1歳半検診は一般的ですが全国的にも珍しいことです
  • パートナー検診の実施!
    ※家族で取り組むことの重要性を啓蒙しています

そういった意識の高い方々と一緒に仕事ができることを喜びと感じています。 おいらせ町は、他の市町村と比較すると歯科の(お口の健康)意識が非常に高い地域です。 地域の皆さんのお口の中から始まる健康で豊かな生活のために少しでも力になれるよう、尽力してまいりますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。